もんしょの巣穴blog

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諏訪大社探訪

土曜日に帰ってきました。
戸隠探訪のあとに諏訪大社と川中島に行って来たのですが、今回は諏訪大社のほうの報告をば。


長野県出身なのに諏訪大社に行ったことがなかったので、時間もあるから行ってみようかと。
諏訪大社は上社と下社に分かれていて、上社は本宮と前宮、下社は春宮と秋宮があります。つまり4つの神社から成り立っているわけです。
上社と下社は結構離れていて、歩いて移動するのはまず無理です。本宮と前宮、春宮と秋宮の間も決して近くはないので、車などの交通手段を確保しておきましょう。
さて、私の実家は北信なので、そのまま諏訪に向かうとまず下社の方に着きます。松本方面から進むと春宮が、上田方面から進むと秋宮が最初に到着する地点になります。
で、今回は訪ねた順番に紹介していきます。上田方面から進んだので、秋宮にまず行き着きました。


秋宮は割とわかりやすい場所にある所為か、他の神社と比べると賑わっていたように思います。

下社秋宮

鳥居をくぐって進むと神楽殿が見えてきます。でかい綱が張ってあって妙にかっこいいです。

秋宮神楽殿

諏訪大社といえば御柱。御柱祭りで作成された御柱は社殿を囲むように4つ立っています。
これは秋宮だけでなく、他の神社でも同じようになっています。下の写真はそのうちの一本。

御柱


諏訪大社は基本的に拝殿と幣殿(御幣を奉ずる場所らしい)が一緒になっているようです。
幣拝殿はどれも鏡が置かれていました。なんとなく神がいそうな感じはしますね。

秋宮幣拝殿

この写真だと鏡があることがわかりにくいですが、行ってみればわかります。


さて、秋宮を出て、国道20号線を松本方面に向かうと春宮前という信号の右手に鳥居を見つけることが出来るはずです。ここから春宮に行けます。

下社春宮

秋宮と違って微妙に人が少ないです。
秋宮前には土産物屋などの店があるのに、こちらにはありません。
ここも入って進むと神楽殿があります。秋宮の神楽殿と大きさはあまり変わらないように感じますが、なぜかこちらのほうがちゃちく感じますね。
そしてここにも幣拝殿。もちろんお祈りしてきました。

春宮幣拝殿

この写真の真ん中にあるのが鏡です。暗くてわかりにくいですが。
春宮には万治の石仏というものがあります。みのもんたの朝ズバッで紹介された、とか書いてありました。
下社春宮の大鳥居を作るときにこの石を材料にしようとしてノミを入れたら血が出た、と言う伝説があるそうです。

万治の石仏

なんか微妙にしょぼい。まあ、しょぼいかどうかと信仰は関係ないけどね。


さて、次は上社です。
諏訪大社の主祭神は建御名方命と八坂刀売命の夫婦です。この二神は上社、下社どちらにも祭られていますが、基本は上社が建御名方命、下社が八坂刀売命なのだそうです。
つまり別居中というわけだw
次に紹介する上社本宮が諏訪大明神、つまり建御名方命の本宅と言うことになります。
ただ、場所が諏訪湖から離れていることが災いしているのか、微妙に活気が薄いように感じられます。

上社本宮

ちょうど私が到着した直後に観光バスがやってきて大量の観光客を下ろしていたので人は多かったですが。
ここは鳥居をくぐってから左のほうに行きます。それが参拝の順路のようです。
で、そこには神楽殿があります。下社と違ってでかい太鼓が中心に置かれていました。

本宮神楽殿

突き当たったら右に長い廊下があります。ここを進んでいくと色々なものがありますが、省略。
またも突き当たったら左に折れて、ここに幣拝殿があります。

本宮幣拝殿

この写真なら鏡があるのがわかりやすいのではないかと思います。
さて、この本宮はどうも相撲と関わりのある場所のようです。
そもそも建御名方命が出雲からこの地にやってきたのは建御雷命に相撲で負けたからです。
っていうか、負けてるんだからここに相撲関係のものを供えるのは縁起が悪そうな気がしないでもないですが。
まあ、つまり、相撲関係が色々あると言うことです。私が見つけたのは土俵、雷電爲右エ門の像、千代の富士の写真です。

土俵
雷電爲右エ門
千代の富士

雷電は伝説的な力士です。陸奥圓明流とも戦ってますね(フィクションです)。
千代の富士は私が好きな横綱です。彼以降の横綱は好きになれません。


最後は前宮ですが、その前に史料館によって来ました。神長官守矢史料館です。
明治維新まで諏訪大社の神長官(神官の偉い人)を一子相伝(北斗の拳でしか聞かないよね)でやってきたのが守矢氏です。
明治政府に世襲神官を廃止されたことで神長官ではなくなったらしいです。おかげで失われた口伝等もあるようです。世襲がいいか悪いかはともかく、失われたのは残念です。

神長官守矢史料館

そもそも守矢氏は建御名方命が諏訪に来る前からこの地を治めていた神様の末裔らしいです。
建御名方命は諏訪にやってきて、そこでこの守矢氏(当時は洩矢)と戦って勝ったわけです。
守矢氏は負けを認め、建御名方命を諏訪大明神として祭ってやるから俺らの一族を神長官にしろという、負けたものにしては結構大きな地位を要求し、実際にその地位を得ることができたと言うわけです。
まあ、お互いの利害が一致した、ってことなんでしょうけどね。
入ると左手に祈祷殿があります。武田信玄の戦勝を祈願したこともあるそうです。
そこから少し奥に進むと史料館の本館があります。

史料館本館

なんか特殊な建物だと思ったら、有名な建築家が設計したとか何とか。
史料館の入館料は100円です。まあ、小さいところなのでこんなもんかと思います。
入る際に靴を脱いでスリッパに履き替えますが、その間に電気が点けられました。人が来ることが少ないから省エネのために普段は消しているのでしょう。
そして見つかる土着信仰らしい展示資料。ウサギの串刺しやら動物の頭の剥製やら。

ウサギの串刺し
大量の動物の頭

うん、すばらしいね。土着信仰はこうでなくちゃ。
さて、女神転生シリーズを遊んでいれば聞いたこともあるかもしれないミシャクジさま。もともと諏訪にいた神様がそう呼ばれていたようです。漢字で書くと御左口神。
この家の敷地内にそのミシャクジが祭ってある神社がありました。

ミシャクジの神社

写真ではわからないですが、ここにも御柱のような柱が御社を囲むように立てられていました。
もともと、諏訪の御柱祭りとかは土着信仰の祭り、つまりミシャクジのお祭りなのでしょう。


で、このミシャクジと関係が深いのが上社前宮らしいです。
たしかにこの御社だけ他の御社と比べると毛色が違うように見えます。静かで寂れてるし、なんとなく違う感じがします。

上社前宮

神楽殿は見当たらないし、そもそも鳥居をくぐって幣拝殿に行くまでに畑があったり民家があったりします。

前宮幣拝殿

これが幣拝殿ですが、この周りにはマジで何もないです。もちろん御柱は立っていますが、それもなんとなく申し訳程度に見えてしまいます。
どうやらそれなりに歩く覚悟が出来るのであればいろいろなものが見られるようですが、既にこの段階で3時近かったので今回はここを見て最後にしました。


諏訪大社はなんとなく不思議な場所だと感じました。
そもそも御柱祭り自体かなり特殊な祭りだと思いますが、他にも色々怪しげな神事が多いようです。
神話の類も調べてみるとなかなか楽しいです。守矢氏とかぜんぜん知らなかったし。
ただ、さすがに全部まわるとなると時間がかかります。それなりに時間を考慮して観光することをお勧めします。

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  1. 2007/09/17(月) 16:36:54|
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